05.07.09:49
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07.06.00:10
おおげさな
半月ぶりにビールが無性に
飲みたくなり500mlを
一本飲んでみたら酔っ払って
15分で潰れて寝た。
これが、飲めないやつが味わってる
感覚かよと思い床に伏せた。
もうだめだと思った。
いやぁ良いことなんだけど。
もう、そんな飲まなくて済むし
二日酔いもしなくていいしね。
ストレスの胎生も強くなるしね。
健康、健康。
今まで、ある程度の悩みを持ち
絶望感や孤独感や葛藤や苦悩と
抑えきれない苛立ちを
抱えながら定期的に浮き沈みしてるから、
何かが起こってから、落ち込むことはない。
それが、せめてもの救いだと思う。
最近、ものすごく自分の技術的な話術を
分析する機会に恵まれる。
やっぱり、俺の笑いや話す手法やクセを
構造的に分析して違いを区別できるやつは、
5人もいない。
しかも、この5人と会うことも無い。
だから、定期的に技術的な問題を
自分で超えなくてはいけない。
ある意味、挑戦し続けてきた
大学時代の過去3年間を
総括するタイミングでもある。
これだけ、周りの人間に恵まれない
時間が長くても長所を磨く努力は今年で
15年目になる節目でもある。
結局、現在の俺のトークの弱点は
絶頂だったころのポテンシャルで
いけば考えられないほどの荒さだと思う。
それは、持久力のなさからくる瞬発力の
なさにつながり、振れ幅の大きさを
採用しつづけきている現在に対応しきれてない
感じがある。
つまり、スピード感の問題。
それだけ、笑いに生きてねぇと思う。
しかも、俺が信頼してる筋からの評価も
くだらない現状で質を維持するのは
考えられないほどの労力を要するのは
納得している現状でもある。
先日の八王子で昼間にお茶した件でも
自分のトーク力がいささか商業的になりつつ
ある傾向に気がつく
それは、100パーセント相手が分かる前提で
話題を展開させてる俺がいた。
そこには、相手の想像力を活かす強みは
無いが相手が会話に取り残されることのない
メリットがある。
それは、大学時代いかに会話ができない人間と
関わってきたかということに凝縮されて
俺の話し方を変えてしまったなと思った。
ソレが、現在書いている回想録につながる。
戻って来れなくなる感覚。
常識と非常識を壊す
展開に持ち込んだ裏と
時間軸の収縮を促す展開の表
の行き来が思い切り長くなってるのは
事実である。
理想は、その部分を短く早くそして、
手数を多くしなくてはいけない。
問題は俺じゃなく、処理する相手の
問題があるから仕方なく現在の形に
なったのは容易に想像できる。
課題としては、現在の形をどうすべきか?
に最大の争点がある。
活かすか、壊すかにある。
つまり、良いのか悪いのか
効果の特定とメリットとデメリットの特定。
現在の形は、進化は何が成長し何が退化
した結果なのかを意識的に突き止めなくては
いけない。
究極、接着面の小ささと緩急の遅さに
弱点である。
それを回避しようとして、
話の通じない相手の反応には
完全無視する傾向とそのレベルの違う相手に
瞬時に合わせるだけの思考力の低下もある。
ある程度の自分の理想を追求すると
力が及ばないぶん、些細な気配りが
素人に追いつかないのが現実である。
その解消が先決である。
笑いの分かるやつと全く分からないやつが
いたとしても、細かいことを言えば
俺の笑いを知らないことが共通点なわけで
笑いを取る際は、その二種類の人種がいたら
笑いの分かるやつに合わせてしまうのが
普通な流れである。
しかし、俺のランクなら笑いの分かるやつは
牽制程度で抑えて笑いの分からないやつを
中心に据えてヤルのが理想なのである。
ここにジレンマがある。
ある程度、力が落ちているからこそ
笑いの分かるやつと言っても、
昔ならまったく笑いの分からない部類に入る
だからこそ、コントロールが要求される。
手加減のコントロールをするということが
年々要求される現状が俺のジレンマなのだと思う。
つまり、現在の悩みは
自分のトーク力が落ちた理由は
結果を試したい相手のレベルに合わせる
ことを続けなければいけない現実である。
どうすればいいのだろうか?
相手から、何かを引き出すには
相手に、合わせなくてはいけない。
しかし、相手に合わせることをすれば
自分の能力をフルに出せないのである。
手加減しなきゃ、結果を出せない。
手加減だから、自分の感度が
自ずと落ちる・・・結論出たね(笑
結構、難しい問題だけど解決できた。
だから、手加減の範囲内の感度だから
振れ幅が納得できない。
でもね、一言でコントロールと言ってるけど
免疫の無いやつに自分の言いたい内容を
租借してやるだけでも、一苦労なんだよね。
そこで、自分の目指すかたちに持ってくのも
半分博打に近い行為だしね。
ようするに一発か二発くらい咬ませないと
相手を理解できないで分かったふりを
し出すは目に見えてるからね。
残念なんだけど、いかに聞き手を
巻き込むのかということが必要になる。
なぜなら、俺が前提としている
相手を受け入れる文化、
笑う文化、
自立と自己犠牲の文化、
感謝と賞賛する文化を
持ち合わせていない人間が
いわゆる俺の客である。
だから、勝手が違うのも分かっている。
しかし、そんな相手によって俺の質が
下がることは絶対に許されてはいけない
ことなのではないだろうか?
ここは、絶対に譲ってはいけないところである。
この認知を、簡単にする。
だから、俺が絶対に相手に
裏を取られない理由である。
もっと、粘り強いくて瞬発力に強い笑いが
今後の課題ではないだろうか。
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